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なぜ家族に腹が立つのか


【なぜ家族に腹が立つのか】
心理学講師の中村彦左衛門です!

家族に対する態度と、
友人、知人に対する態度が違うと思います。

違っているのは当たり前ですが、
『どんなふうに』ちがっていますか?
「お前」とか「やれ」とか乱暴な言葉づかいや命令、
過剰な期待、許容できない事が多くなる、

これは、対人距離を勘違いしています。
他人に比べて、
家族だから、乱暴で、甘えて、相手がもっとこちらに尽くすべき、
こちらは相手にたくさん要求していい、
という風になっていないでしょうか。

例えば、
職場の鈴木さんが
「あなたっておっちょこちょいなとこあるよね」
といっても何も感じないのに、
配偶者や親にいわれると、
とても頭にきてしまったり。

子供がお風呂に入りたくないというと、
他所の子に対しては絶対に言わないような大声で叱りつけたり。

他人行儀という言葉がありますが、
家族だって、家族行儀があります。
行儀、礼儀、思いやりをなくしてはいけない。
家族だって、他者です。
対人関係がもっとも近い他者です。
具体的には、やはり言葉。
相手の気持をあかるくする言葉をいつも心がけたいですね。

「家族にまで気を使いたくない」、ってことばがあります。
気を使うのが親切や優しさで、
気を使わないのがリラックス、という捉え方です。

わたしは、【気を使う】という言葉が、自己犠牲くさくて、
親切や優しさをハードルの高いものにしていると思います。
親切=気を使う=疲れる、という構図にすぐなってしまうのですが、
これは、感情が抑えられないもの、
コントロール出来ないもの、
という思い込みから来ています。
「怒りの感情にとらわれている私が、
周りにたいして優しくすると、
どうしても自分を犠牲にして無理して私がつらくなる」
みたいなストーリーですね。
親切や優しさの行動をするたびに、いちいち
【気を使っている】という意味付けをするから、
ほんとうに疲れてしまうのですね。思い込みですね。

優しさや思いやりは、自分のためにやるもんです。
自分のためだからつかれる訳ありません。
相手のための優しさは、相手の反応次第で憎しみになったりします。
「あんなに優しくしたのにあいつめ」ってなぐあいですね。
だから電車で席ゆずって断られたら腹立つんですね。

リラックスしても、礼儀正しく振る舞うことは出来ます。
出来ないと思うのは、そういう世界観をもって、
意味づけして思い込んでいるだけですね。
家族だからこそ大事に、親切に関わりたいですね。

ありがとうございました、
中村彦左衛門でした!(^o^)